あつまろです。

前回の続きで昔の貧しい暮らしを
見つめていきます。

父親も母親も子供には苦労をかけたくない
という思いが強いようで
身を粉にして働いていました。

父親は家で縫製の仕事をしていて、
スーツなどを作っていたようでしたが、
バブル崩壊後にうまくいかず、廃業しました。

いま考えると洋服の青山などの自社工場化や
中国生産などの流れが、
もろに父親の仕事にも影響していたのでしょう。

その後、家族を養うべく、
プラスチック工場へ夜勤に働きに出ましたが、
これまで自分ひとりで仕事をやっていて、
人づきあいも下手くそで、いじめられていたようです。
それでも家族を養うために
辞めるという選択肢はなく働いていました。

その後、勤めにでた工場も悪くなったりして、
何度も転職を繰り返していました。
その度に給料がなくなり、両親がよくケンカをしたものです。

お金が幸せとはいえませんが、
お金がないとしなくていいケンカをするのは
身を持って感じました。
物事がせっぱ詰まって考えるものです。

母親もあつまろが小学生にあがった頃から
パートに出始めていましたが、
父親の仕事が悪くなってからは、
早朝パートとして駅のトイレ清掃をしていました。

母親が自分たちは社会の底辺だと嘆いていましたが、
まさに駅の掃除婦などは、そのひとつの象徴でしょう。
朝4時くらいに起きて、駅に働きに行って
9時くらいからこれまで行っていたパートを
掛け持ちで働いていました。

あつまろは高校ぐらいでしたが、
これはすごいなと思いました。
父も母も毎日12時間くらいは
労働していたと思います。

両親は、社会の底辺に行けば行くほど、
足をひっぱりあったり、
イヤな人が多いとこぼしていました。

両親とも労働環境も、周囲とも人間関係も
うまくいかなくても働いていました。

あつまろもそれなりに勉強しました。
というか、両親が日々働きづくめだったので
さすがに勉強くらいはしておこう、
という気になったのだと思います。
※そこまでの成績は残してないですが・・

高校受験、大学受験、就職活動という
人生の転換点はすごく意識して取り組んできました。

その結果、いまではあつまろ自身は
(昔と比較して)かなり良い生活を
送れるようになりました。

キレイなマンションに住んで、
液晶テレビを見て、海外旅行に行ってる
自分を振り返ってみると
他の人なら普通に思うのでしょうが、
あつまろにとっては隔世の感があります。

子供時代が貧乏だっただけに、
すごい贅沢してる気がするのです。

じつはお風呂の湯を使ってそのまま捨てるのは
いまでももったいないという気がするのです。。

そういうバックボーンがあって
あつまろはお金持ちになりたい、というより
お金に困らないようになりたい
という思いが強いです。

その結果、こうやって資産運用ブログを
書いているのかもしれません。

それにしても、両親は貧乏していても
子供の教育だけは重視してくれていて、
その結果、今の自分があるわけですから、
本当にありがたいと思います。

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