あつまろです。

イスタンブールとその歴史について見ていきます。
もとは紀元前から「ビザンティウム」と呼ばれていました。
ちなみに一時期アレクサンダー大王の支配下におかれて、
その後、ローマ帝国支配下におかれました。

そこから、330年ローマ帝国の
コンスタンティヌス帝が遷都して
「コンスタンテイノープル」と名称を改めました。

395年に東西ローマが分裂して、
「コンスタンテイノープル」を首都として、
東ローマ帝国ができました。
都市の旧名称を用いて「ビザンツ帝国」とも呼ばれます。

ちなみに西ローマのカトリックに対して、
東ローマはギリシャ正教です。
これも世界史で習いました。

ここで500年頃に「アヤソフィア」という
すごい大聖堂ができました。
何度か立て直して今でも現存します。
とっても大きな建物で、東大寺よりも大きいはずです。
東大寺が8世紀ですから、すごいことです。
この聖堂のことは後ほど、また触れます。

さて、その後歴史はいろいろ動き、
オスマントルコが世界の覇権をとるときがきます。

ここで、1453年。
ついに「コンスタンティノープル陥落」を迎えます。
ギリシャ正教の総本山がトルコ人に侵略されるのです。

カトリックの総本山「バチカン市国」が乗っ取られるのを
想像すれば少しイメージがわかると思います。

それだけ重要な都市ですから、
海と城壁に囲まれて、非常に堅牢だったそうです。
ちなみに湾もあり、そこは守りが薄かったそうですが、
海からいけないように鎖などを敷いていたそうです。

そこでオスマントルコは、山の上に木を敷いて、
船を山越えさせて、海からでなく、
湾に移動させたそうです。
「オスマン艦隊の山越え」と言われています。

そうして、この都市は
「イスタンブール」と名称が変わりました。

なお、アヤソフィアは、トルコ人の手によって
そのままモスクに変更になりました。

聖母マリアなどは漆喰で塗られていたそうですが、
いまではそれも取り払われて、
キリスト教とイスラム教の両方の遺産がある
不思議な建物になっています。

ちなみに、このアヤソフィアを超えるような
建物を目指して建てられたモスクが隣にあります。

スルタンアフメト・モスク、
通称「ブルーモスク」と呼ばれるモスクで、
トルコ観光本には必ず出てくる建物です。

しかし、アヤソフィアの1000年後に
建てた建物ですが、どうやってもアヤソフィアの大きさを
超えることができなかったそうです。

ちなみにオスマン朝トルコは
1923年トルコ共和国ができるまで存在しました。
500年超も続いたすごい帝国ですね。

こうして、イスタンブールは
東ローマ帝国とオスマン朝トルコという
世界的に超重要首都として重要文化財が
転がっており、世界遺産に認定されています。

京都や奈良の文化遺産が残ったまま、
東京のような首都であり続ける、といったところでしょうか。

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